わたしが舞台を好きなわけ

観劇した舞台の感想や自分なりの批評を書き綴るブログです

突き付けられる37000の命 ~ミュージカル刀剣乱舞「静かの海のパライソ」~

1, 総評
2, キャスト別感想

 

《総評》
完成度が高いミュージカル。
「静かの海のパライソ」という作品を表すなら、この一言に尽きるでしょう。
過不足無い脚本、民衆の群舞のエネルギー、耳に心地よいナンバーの数々、グランドミュージカルを意識したような演出。どれを取ってもクオリティが高く、見応えのある作品。
2.5次元舞台という枠を超え、「刀剣乱舞」を知らない人にもお勧めしたくなる物語です。

本作は、「島原の乱を歴史通りに遂行させる=結末を知っていながら3万7千の人々を死へと導く」という凄惨な物語。
そして、戦を忌み、暴力を厭う強いメッセージが込められた物語だと思います。
「単純な暴力を選んでしまった時点で間違い」
という鶴丸国永のせりふは、作品のテーマを象徴するものだと言えるでしょう。

何よりも嬉しかったのは、「反乱側=正義」という単純な構図で島原の乱を描かなかったこと。
島原の乱と言うと、「弾圧された可哀想な民衆」と「彼らを女子供まで虐殺した幕府」という二元論で語られがちですが、「静かの海のパライソ」では
一揆軍が強引な勧誘をして断った村人を殺害する
一揆軍が寺院を襲い、異教徒である僧侶を殺害する
といった事実もきちんと描かれます。嬉々として「パライソ」と叫びながら武器を取る民衆たちは狂気を孕んでいて、観る者に恐ろしさを感じさせます。
 私が伊藤栄之進先生の作品を愛するのは、過去の悲惨な出来事を事実として伝えてくれるから。そして、決して善悪と言う単純な構図で歴史を描かないから。「静かの海のパライソ」の脚本からは、改めて、歴史に誠実に向き合う先生の姿勢が感じられました。


以下、主要キャスト別感想です。

2,キャスト別感想


鶴丸国永(つるまるくになが/演・岡宮来夢
間違いなく本作品の主役でありMVPでしょう。「静かの海のパライソ」は島原の乱の物語であると同時に、全てを背負って立とうとする鶴丸国永の物語でもあると思います。
冒頭、「鶴丸。島原です」という審神者の一言だけで任務の内容を察する鶴丸。そして彼の求めに応じて編成を任せる審神者。たったこれだけのやりとりで、両者が長い時間をかけて築いて来た深い信頼関係が伺えます。
徹底して自らが憎まれ役を引き受け、演じ切る鶴丸。意を唱える松井江に、「刀剣男士、止めるかい?」と問いかけた時の眼差しの凄味には、観ているこちらのほうが圧倒されました。
今回は、メッセージ性のあるせりふ、重要なせりふの多くを鶴丸国永が担っていたように感じます。
「白と黒に分かれての戦なんてありえない」
「ひとりひとり違うんだ、戦をしている理由なんて」
「単純な暴力を選んでしまった時点で間違い」
おそらくこれらの言葉は、たくさんの戦を経験し、その中でたくさん悩み、考え、鶴丸が辿り着いた結論なのでしょう。そして、伊藤先生ご自身の思いを鶴丸に託して言わせた台詞でもあると思います。

忘れられないのは、「37000人、ただの数字じゃないんだ、それぞれ命があったんだ、生きていたんだ」という、血を吐くような叫び。作品のメッセージすべてを凝縮したようなこの言葉を、全身全霊で叫ぶ姿に圧倒されました。
 登場シーンのソロ、はじめは抑えた声で丁寧に、サビはぐっと声量を上げて爆発したように歌い上げるのがとても素晴らしかったです。

 

大俱利伽羅(おおくりから/演・牧島輝)
大俱利伽羅は、己を語らず、他人と馴れ合うことを嫌う刀です。しかしその反面、言葉には出さずとも誰よりも周りを見ている存在であるとも思います。そして周りを見ているからこそ、本当に大切な時に必要なことが出来るのだと思います。
鶴丸国永という刀がやろうとしていること、その全てを理解した上で傍にいる。
必要以上に口も手も出さない。けれど相手が本当に耐えきれなくなったときは、すぐに支えられるだけの準備はしている。この難しい在り方は、彼だからこそ成しえたのだと思います。並の人間なら、黙って見ていられずつい口を挟もうとしてしまうでしょう。

鶴丸にとっては、大俱利伽羅が何も聞かないでくれること、ただ黙って傍にいてくれることが大きな救いになったのではないでしょうか。
彼の「気遣い」はひとり鶴丸だけに向けられていたわけではありません。例えば一揆に加わる幼い兄弟と友達になった、と嬉しそうに語る浦島虎徹に「あまり深入りするな」と珍しく自分から助言をするシーン。自分の経験に基づき、相手を思いやった、実に真実味のこもった忠告でした。
なお、鶴丸国永を案じるソロが本当に素晴らしく、全編通しても特に気に入ったシーンになりました。


松井江(まついごう/演・笹森裕貴)
「静の芝居」の真骨頂。
多くを語らず、目で、しぐさで、表情で、戸惑いと迷い、苦悩を表現し続けなければならない役。松井江からはそんな印象を受けました。鶴丸国永がこの物語の主旋律だとするならば、松井江は物語を貫く重奏低音、とでもいうべきでしょうか。島原の乱の「当事者」である彼の存在が、物語に深みを与えていたと感じます。
 島原の地に降り立った時からどこか落ち着かず、不安と恐怖が入り混じった表情をしている松井江。それだけで、彼の背負ったトラウマの重さが伺い知れます。
 そして天草四郎が死に、鶴丸が彼に成り代わることを提案した時から、彼の中の「違和感」はより明確なものとなって現れます。どの場面でも、常に遠巻きに周囲を見つめている松井江。彼の視線や表情は、どんな台詞よりも雄弁に「納得できない」という気持ちを物語っていました。
 最後までキリシタンを斬れずに苦しんだことも、全てが終わった後鶴丸を殴りつけたのも、彼が人間らしい心を持つ優しい刀だからだと思います。優しいからこそ、簡単に納得できないし受け入れられない。
 普段は落ち着いた声で話す彼が、何度もむき出しの感情をさらけ出す場面があったのが印象的でした。


豊前(ぶぜんごう/演・立花裕太)
 誰かを支える、ということが、これほど似合う役があるでしょうか。豊前江には、全て受け止めてやるから安心して懐に飛び込んで来い、とでも言いたげな度量の広さを感じます。所在不明という事実を持ちながら、その憂いを微塵も感じさせないどっしりとした存在感。そこに、彼が「りいだあ」と呼ばれるに足る所以があるのでしょう。
今回、豊前江が主体となって何かをする場面はありません。しかし出陣の中で彼は終始松井江を気に掛け、彼を精神的に支えることに自らの役割を見出していたように思います。そしておそらく、鶴丸も彼にそのような役目を期待して編成に加えたのでしょう。
松井江と共に幕府軍に潜入することになった彼が、「刀の時と違って同じ赤に染まってやれる」と歌い上げるシーンが大好きです。ただ傍にいるだけでなく、共に同じ業を背負ってやろう、という、彼の覚悟が感じられます。
 難しい理屈は嫌いだ、と語る彼ですが、実際は察しがよくて聡明なキャラクターではないでしょうか。鶴丸国永から、松井江と共に幕府軍への潜入を頼まれた彼は、鶴丸の意図を全て汲み取ってお礼を言います。普通なら怒ってしまいそうな場面でお礼の言葉が言えるのは、豊前江がうわべに振り回されない、本質を見る目を持っていることの証でしょう。「たいしたリーダーだよ、あんたは」と彼が鶴丸を労う場面は、この作品の中でも私が特に好きなシーンです。


浦島虎徹(うらしまこてつ/演・糸川耀士郎
 無邪気で純粋。そして真っ直ぐ。明るく裏表のない浦島の存在は、ともすれば暗くなってしまいがちなこの物語において、大きな救いになっていたと感じます。疑問も迷いもストレートに口にしてくれる浦島。「島原の乱を知らない」という彼が周囲に質問する、という形で、歴史に詳しくない観客を物語に引き込む役割も果たしていたと思います。
 彼の見どころは、やはり一揆軍の幼い兄弟とのやり取りでしょうか。同じ刀派の間では末っ子の彼が、弟のように接することが出来る存在が出来た。少し背伸びして兄らしく振舞おうとする姿には、微笑ましいものがあります。しかし彼らと仲を深め、深入りすればするほど、その先に待ち受ける残酷な運命に苦しまなくてはなりません。純粋な浦島にとって、どれほどショックだったことでしょう。けれど彼は、その酷さから目を逸らすのではなく、真正面から受け止めて傷つくことのできる刀なのだと思います。そして泣くだけ泣いたら、立ち直る強さを持っている刀なのだと思います。
 “本丸”に戻った彼が、今回の出陣について兄たちとどんな会話をするのか。気になるこの点は、きっと観客の想像にゆだねられているのでしょう。


日向正宗(ひゅうがまさむね/演・石橋弘毅)
 天草四郎豊臣秀頼の遺児、という伝説は、時代を越えて今もなお語り継がれています。一見荒唐無稽な伝説が力を持ったのは、徳川幕府に不満を持つ者たちが、天草四郎に再起と反逆の夢を託したからだといえるでしょう。
豊臣と石田。敗れ去った二つの家に縁を持つ日向正宗は、本作において、島原の乱の「もう一つの側面」を浮かび上がらせてくれる存在です。
 日向は言います。「集まって来た人達、キリシタンばかりじゃなかった」。
 これが島原の乱の本質なのだと思います。
 西軍や大坂方に与して転落人生を歩んできた人間たち、仕える家を失くした浪人たち、飢え死にするほど困窮した人たち。そういった行き場のない弱者たちが、「太閤殿下の時代はもっと良い暮らしだったはずだ」という幻想に望みを託して一揆に加わる。もしかして、天草四郎という少年は、彼らに祭り上げられた偶像だったのかもしれません。
 豊臣の馬印を手にした日向正宗が、秀頼の遺児と崇められ、困惑しつつも民衆の扇動者となっていく様子は、本当の天草四郎もこうであったのかもしれない…と考えさせられました。
 そして、はじめから「秀頼の御落胤」伝説を利用することを見越して日向正宗を編成に加えたのだとしたら、鶴丸の采配は慧眼という他ありません。
 日向もまた多くを語る役ではありませんが、短刀としては精神的に大人びた、芯の強い刀なのだと感じます。特に戦闘の場面では、彼の落ち着きと的確な判断が光っていました。

 以上、簡単になってしまいましたが主要キャストの感想を書いてみました。