わたしが舞台を好きなわけ

観劇した舞台の感想や自分なりの批評を書き綴るブログです

タブーに切り込む問題作 ~宝塚花組「蘭陵王」~

ベテラン演出家のチャレンジ精神を感じた、という公演でした。
賛否両論がある作品ですが、個人的にはエンターテインメントとして素直に楽しめるものになっていたと思います。
 まず題材。雅楽「陵王」に題材をとった中国ものという珍しさ。蘭陵王はその名こそ有名ですが、彼の生涯を知る日本人は少ないのではないでしょうか。きらびやかな中国宮廷ものと、宝塚歌劇の華やかな舞台との親和性はとても高いように感じます。なぜ今まで、中国物の作品が少なかったのかと驚きを隠せないくらい。

さらに宝塚という「夢を見せる舞台」でありながら男色という禁忌を真正面から扱った作品ということにも驚きました。主人公蘭陵王があまりの美しさゆえに同性をも虜にし、時として慰みものにされる、という筋書きはショッキングであり、宝塚という表現手段にはそぐわない、という批判もあったと思います。それでもタブーに果敢に挑み、物語を通して意思を持って運命に立ち向かう人間の姿を描き出したところに、この作品の意義があると感じました。
 本作のヒロイン、洛妃(演・音くり寿)がなによりも魅力的でした。はじめは敵国の刺客として主人公・蘭陵王に近づく洛妃。正体を見破られてなお、「いつかお前の寝首を掻いてやる」と啖呵を切る強さは、宝塚歌劇のヒロインとしては型破りかもしれません。
 けれどこれは、ずっと人としての尊厳を奪われていた者たちが、意思を持って運命に抗おうとする物語。作中幾度も繰り返される、「与えられていたのではなく奪われていた」というセリフが胸に刺さります。

洛妃の勁さにこそ蘭陵王は惹かれたのかもしれません。
 はじめ敵同士として出会った二人が、互いに同じような生い立ちを持つ相手に惹かれ合っていく過程も違和感がなく、
 蘭陵王の処刑前、庭に姿を隠して生きよと訴える洛妃の絶唱には心を動かされました。
 もう一度観返したい作品です。

 

蘭陵王(演・凪七瑠海):男性さえ虜にした美貌の皇子。線の細い、どこか儚さを持つ彼女の容姿は、その役柄に何より説得力を与えていたと思います。村の少年として育ち、成長してのち王宮に迎えられたという設定。ずっと自分の尊厳を奪われ、脅かされて生き続けてきた彼のまとう孤独、そして強くあらねばならなかった哀しみを、彼女の細やかな演技はしっかりと表現していたのではないでしょうか。

最後に毒杯を干して死ぬのではなく、それを投げ捨てて生きる可能性に賭ける。その芯の強さが、本作の蘭陵王らしくてとても素敵です。

 

洛妃(演・音くり寿):彼女のような強いヒロイン、自立したヒロインが私は好きです。貧しい生まれの女性が殿方に見初められて幸せに…というお伽噺は宝塚でもありがちですが、そんな陳腐な女性像でないのが良いところ。本作の洛妃は、武術を身に着け、刺客として働き、自分の力で這い上がって来たヒロインです。その彼女が、殺すはずだった相手に惹かれ、あまつさえ身を挺して自死を思いとどまらせようとする。蘭陵王とともに戦い、彼を逃がそうとする姿はたまらなく素敵です。

思うにこのふたりは、互いに同じ「欠落したもの」を持っていたから、心の最も深い場所で繋がり合えたのではないでしょうか。そんな二人が史実通り死ぬのではなく、名を捨て古い人生を捨ててひっそりと新しい生を生きる。そんな結末が素敵な公演でした。